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「いい感じにして」で全然いい感じじゃないものが来てから気づいたこと

/System_Record

「かっこいいトップページ作って」って頼んだら、確かにかっこいいものが出てきたんですよ。

でも見た瞬間に「これじゃない」ってなった。かっこいいんだけど、自分が作りたいやつじゃない。雰囲気は合ってるんだけど、細部が全部違う。どこが違うのかをうまく説明できない状態で「なんか違う」とだけ感じている、という状態でした。

そこから「なんか違う」を言語化して、一個ずつ指示を出し直して、やっと「これに近い」が出てきて——というのを繰り返したのがこのサイトのトップページを作った過程です。

言語化できないと、指示が出せない

当たり前の話ではあるんですが、ちゃんとしたものを作ろうと思ったらちゃんとした指示を出さないといけない。

「このセクションはこういう情報を伝えたくて、見せ方はこういうイメージで、動きはこんな感じで」——そこまで自分の中に答えがないと、指示のしようがないんですよ。「なんか違う」のどこが違うのかを言語化できないと、もう次に進めない。

逆に言えば、それさえできれば細かいコードの書き方は知らなくても全然進められました。数値の微調整は「ここの変数を変えたら何が変わるかコメントで書いておいて」と頼めばやってくれるので、それで自分でも調整できる。でも「この見せ方を根本から変えたい」となったときは、自分の中に答えが必要でした。

ツールが使えるだけのデザイナーは、もういらないんだなと思った

このサイトを作りながらめちゃくちゃ感じたのが、「Figmaが使えるからデザイナー」って時代は終わってるな、ということです。

AIにデザインを作らせることができる今、ツールの操作スキル自体の価値は下がっています。そういう人がデザイナーとして仕事をしていたとしたら、もう置き換えられているんだろうなという感じがします。

じゃあ今デザイナーに残っているものは何かというと、自分の体験から言うと「言語化と、上がってきたものへの審美眼」だと思っています。こういうものが欲しいと正確に言語化できて、出てきたものを見て「これは違う」「これでいい」と判断できること。AIがいくら精度を上げても、「これでいい」を決めるのは人間なので、その判断ができるかどうかが分かれ目な気がしています。

なので「AI使えばデザイナーいらんやんけ」はある意味正しくて、でもそれは「言語化と審美眼がある人ならデザイナーいらんやんけ」という話であって、逆に言えばその能力を持っている人はもうデザイナーと呼んでいいんじゃないかと思っています。

細かい注文ができる人は、デザイナーに頼まなくなる

少し視点を変えると、「こういうデザインが欲しい」を細かく言語化できるクライアントは、もうデザイナーに頼まなくなると思います。自分でAIに直接発注できるので。

一方で、「いい感じにしといて」「汲み取ってほしい」というやりとりをしていたクライアントには、まだデザイナーは必要なはず。要件を引き出して、言語化して、形にするプロセスごと提供するのがデザイナーの仕事になっていく気がします。

まあこれも2026年5月時点の話で、もっと先になったらまた変わるんでしょうけど。

自分はまだ全然出張るタイプでした

一発で出てきたものに満足できるかというと、全然そんなことはなかったです。細かく指示を出して、コンポーネント単位で確認して、「このコンポーネントを使ってこういう構成に組み直して」と言いながらやるタイプでした。

それが大変でもあったし、でも自分が関わったから「自分のもの」という感覚があるとも思っています。全部AIに任せたものじゃないというか。

そういうのを感じながらトップページを作っていました、という話です。

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