大手の物流会社の受付でバイトをしていた時期に、ちょうど基幹システムの刷新がありました。
それ自体は「へえ、変わるんだ」くらいの気持ちで眺めていたんですが、その経緯が自分にとってはなかなか面白くて。
本を読んだのに、気づけなかった
バイトを始めてから4ヶ月ほど経ったころ、業務にも慣れてきて、「どこで何をすればいいか」がようやくわかってきた段階で、『オブジェクト指向UIデザイン』という本を読みました。
内容はざっくり言うと、UIはオブジェクト(モノ)を起点に設計すべきで、アクション(コト)を起点にするのはよくない、という話。読んだ直後は「なるほど、たしかに使いやすそう。自分がデザインするときも意識しよう」と思って、かなり感動していたんです。
でも、そのとき自分が毎日使っていた社内システムが、まさにその「アクション起点」の設計だったんですが——全然気づいていませんでした。
旧システムと新システムの違い
旧システムの構造はこんな感じでした。
「荷物の遅延」「未配達」「紛失」といった問題の種類をまず選ぶ。そこから伝票番号を入力する。
つまり「何の問題として扱うか」を先に決めてから、モノにたどり着くフローです。
刷新後のシステムはこれが逆になって、最初に伝票番号(荷物)を入力したら、その荷物の状態が全部見える、という設計になりました。OOUIの教科書通りです。
変わった後に「あ、旧システムって完全に逆だったじゃん」と気づいたんですが、その時点では本をすでに読んでいたんですよね。知識は入っていた。なのに気づけなかった。
慣れは本当に毒だった
原因は単純で、慣れていたからだと思います。
4ヶ月使っていたら「遅延はここから、未配達はここから」という操作が体に染み付いていて、「これって使いにくいのでは?」という問いが生まれなかった。概念として「OOUIいいな」と思うのと、目の前のシステムに対して「これはOOUIじゃないな」と気づくのは、まったく別の話でした。
これはちょっと怖いなと思っていて。デザインの知識を持っていても、慣れてしまった環境の問題には気づきにくい。意識的に「このUIはオブジェクト起点になっているか」と問い直し続けないと、すり抜けていくんだなと。
毒は銀の弾丸より強い
ちなみに読んでいた本(『オブジェクト指向UIデザイン』)の帯に「銀の弾丸」という煽り文句があったんですよね。その印象もあって「これ、誰でも使いやすくなるやつじゃん」くらいの感覚で読んでいた。TwitterなどのメジャーなUIもこの思想で作られている、というのが本の中で示されていて、「たしかにこれは正解なんだな」と思っていたんですが。
実際、自分みたいな短期バイトや新しいスタッフにとっては、新システムの方が圧倒的に使いやすかった。その意味では銀の弾丸はたしかに本物だったと思っています。
ただ、10年近く旧システムを使っていたベテランのパートさんたちは「かえって使いにくい」とおっしゃっていた。これはOOUIの問題というより、スイッチングコストの問題です。長年の操作が身体に染み付いていると、UIがどれだけ論理的に正しくても、移行コストの方が勝る。現場で見ていて、それは単純にそういうものだなと思いました。
結局、何が残ったか
結果として、システムの刷新自体はかなり良かったと思っています。自分のような短期バイトには、圧倒的に新システムの方が使いやすかった。
ただ、そこで得た一番の気づきは「UIの良し悪し」よりも「慣れは認知を歪める」という話の方でした。知識を持っているだけでは足りなくて、意識的に問い続けないと気づけないことがある。そういうことを、バイトしながら学んでいるとは思っていなかったけれど。
